初期のスノーボードは、板の面積が大きく、降雪後に山に登り新雪をサーフィン感覚で滑り降りるもので、スノーサーフィンと呼ばれた。滑走面から飛び出したフィンが付いており、圧雪されたゲレンデでは上手く滑ることができなかった。1970年代初め、ユタ州ソルトレイクでドミトリエ・ミロビッチによって設立されたウインタースティック社のカタログには「30cm以上の深雪が必要」と記されている。スノーサーフィンは、その後派生する多くのスノーボードメーカーにも大きな影響を与える。1977年にはジェイク・バートン・カーペンターが、「バートン・スノーボード」社を設立し、1980年代中頃ゲレンデを滑る事が出来る道具を開発すると同時に、大量生産の体制を築く。
日本では競技団体が日本スノーボード協会(JSBA)と全日本スキー連盟(SAJ)に分かれており、長年にわたって対立している。対立の根源はスノーボードそのものの位置づけで、SAJが「スキーの一種目」としているのに対し、JSBAは「スキーとは無関係の競技」としていることにある。冬季オリンピックにおいてスノーボード競技が加わった際、国際オリンピック委員会(IOC)は国際スキー連盟(FIS)を統括団体と決定したため下部団体となっているSAJに選手登録した者でなければオリンピックには出場できなくなった。そのため現在、オリンピックではスキー競技というくくりの中にスノーボード競技がある。(wikipedia参照)